家族3人楽しく暮らしたい

夫68歳 私62歳 娘1人の3人で毎日仲よく過ごしたい

酒粕食パン本番そして墓じまいをした後のお寺での妹とも待ち合わせの日

チョコミルク

前日娘がB型作業所で頂いてきた魔法瓶にお湯を入れておいた。それで4時半ごろ目覚めた私は、スマホを布巾をつるしている空いた洗濯ばさみに挟んで分量の写真を開いて見ながら、はかりに載せて正確に分量を量る。

あと1時間半ほどで酒粕食パンは出来上がる。

昨日はまだ1年ぶりに南国にも雪が降り、団地散歩のときも公園を通るとたぶん子供たちが雪だるまを作りそれが溶けて崩れているものがいくつかあった。

妹は菜の花マーチの翌々日の昨日は小中高を友人たちと朝から夜まで時間をかけて懐かしい場所巡りまでしたらしい。

52歳のエネルギーは62歳の私から見ると計り知れないほどである。

夫が言うように4泊5日の帰省の旅は日ごろのストレス解消になったのかもしれない。

東京に帰る日の最後、ホテル近くではなくてバスか電車で駅からお寺まで乗り継いで一人。お土産などはすべてホテルから送り身軽に飛行機で帰ると言っていたので。

私が今亡き父がこの家を購入した時、買ってくれたホームベーカリーで作った酒粕食パンを手に持ち首を長くして待ってその食パンに合うおかずを料理上手な旦那様が作って今か今かと妹の帰りを家でおとなしく待っているのだと思う。酒断ちをした二人は今健康管理に余念がない。同じ都内住みの妹から見ると兄私か見ると弟に病院を紹介してもらうにあたり私の薬遍歴を事細かく聞いてきたが。いくらコレステロールの薬を飲み始めたらずーっと飲まなければいけないにしても。やはり日ごろから粗食であったり、家でする仕事の合間に無理な運動を月に1~2回どこかに通ってするよりも、弟のようにインスタグラムに投稿して日々歩いたり走ったりしている記録を取り続けている方が健康的で成果もあるはずだと思う。

私は60代になり還暦同窓会後に頻繁に市内の友達と会っていたらだんだん会いたくない日がある。

1年に1回妹が友人の予約してくれている菜の花マーチを帰省に変えているから久しぶりだったり友人関係もその場限りの楽しいものだけで終わるのだと思う。

そして時代も変わり私たち60代の長女たちはまだ両方の親の介護や墓参りなどすべて孫ができれば孫の子守まで担っている人が多いが妹たちの世代は、墓参りなどする人がいるのだろうか。妹のような県外にいてその人が屋久島に帰省するゴールデンウィークに合うのがお決まりだった女子会も高齢の両親が姉の住む地元の施設に入って屋久島に帰るという言葉が出なくなっている現実がある。還暦同窓会も終えた今、それを節目に兄弟が田舎に住んでいても帰省はしないという人もいる。

世の中が少しずつ個人主義のような世界になっている。いずれ墓も亡くなるのかもしれない。妹も子供もいない夫婦でいつもお客様状態の東京暮らしの気の若い夫婦だから。どうだろう。そろそろ節目の時期に入ってきているのではないかと思っている。今日向かうお寺も管理者である弟は弟の嫁が結構の頻度で帰省していて、施設に妹と暮らしている母親を空き家になった実家の管理をしながら何日か滞在するという生活をしている。私たち夫婦がたまたま都会に出ない夫婦で押し付けられるように私の実家の2軒分になる草を父の死後ずーっと夫婦で夫が草刈り機で刈りて多いときは10袋以上ごみステーションに出していた。弟は草の生えない冬に帰省して兄弟lineに5袋くらい出た草を詰めた袋の写真を挙げていたが所詮夏場の草の勢いとは違う。墓参りも実家近くの部落の共同墓地に夫の実家のお墓参りの後に必ず参った。生花と線香を持って。今日行く納骨堂は生花を持って行っても持ち帰らないといけないし、実家の納骨堂のところでは線香は灯したら行けないことになっていて、中央2か所にある大きな線香立てにたてることになっている。だからあまり行くことが無くなってしまった。妹にとってというよりも妹の為のお墓参りかもしれないなぁと思う。弟は嫁さんが帰省した時に多分嫁さんに実家の納骨堂にお墓参りはしてもここにはしたという話を聞かないし。たぶん今回妹が兄夫婦に報告をするのだと思う。鹿児島土産を持って。それは妹には弟がよく土産を渡し行っているからだ。兄弟lineによく上がるから。今回東北の妹の旦那さんのご両親は雪はどうだったのだろうと思うし昨年その両親との想い出の旅行を企画しているという妹の話はその後を聞いていない。そして年賀状じまいをまだ会社員勤めでもありながら早々に辞めてしまった妹に手紙を送っていても読み捨てられるだけで返信は一度もない。今回も3か月前に帰省すると連絡があったが、その時娘が調子が悪くて返事ができなかった。娘が統合失調症になる前は妹をこの家に泊めていたが調子が良かったり悪かったりの娘がいると孫が3月33回忌で帰省するのもなかなか泊めずらくなっている。

私は家族3人のつかず離れずの生活をどれだけ長く元気にできるのかがこれからの目標であるしまずは今日も妹と別れた後、ハートパークによって受付で話ができるとよいなぁと思っている。50代と60代は生き方が正直大きく変化していてなかなか歩み寄れないところにまで来ていると思う。